※「水平線上の陰謀」ネタバレ。おっちゃんメイン「14番目の標的」ネタあり。 チョコレート 広げた競馬新聞に、煙草の灰がボトリと落ちた。調子の出ないレース結果に肩を落としながら、咥え煙草は確実に短くなってゆく。 新聞の上に落ちた直径1センチの灰の塊は、粉々になって自分の投じたレースの記事を隠してしまった。しばらくは見たくない結果。ここのところロクな事がない。 先週、折角招待された豪華客船は、広い海原の藻屑と消えた。殺人事件の苦い傷痕を残して。沈没の際に死人が出なかっただけでもマシな事件だった。 (嫌な事ばっかだぜ・・・) 新しい煙草に、百円ライターで火を付ける。お気に入りのジッポも先週、船と一緒に沈んでしまった。 ソファに寝転がって事件を思い出す。 容疑者の一人の秋吉の無実の証拠を探そうとして殺人の証拠が見つかった。あいつに似ている女が犯人であって欲しくなかった。言葉で簡単に説明出来る理由ではない。ただ、秋吉が犯人であって欲しくなかった。あの女を彷彿させる秋吉には。 「自分の行動に後悔はありません」 逮捕された秋吉は、あれだけの事をしでかしても、毅然と言い放った。取り調べ後、小五郎に対しては深々と頭を下げる。 (似ていても、あれは“あいつ”じゃない・・・) 別人であっても小五郎自身の気持ちは晴れる事はなかった。 あいつ――あの法曹界の女王の異名をとる弁護士の女はとんでもなく気が強く、勤勉で、掲げた理想からはみ出す事は滅多に無い。もしかしたらあの、ある意味神業的なビーフシチューの味も、あの女にとっては理想の味なのだろうか。苦手なタイプな筈なのに気付けば臭い台詞で結婚を申し込んでいた。本人は認めてはいないが、あの弁護士の女は、良くも悪くも小五郎の心のほとんどを占めていた。 沈没事故に巻き込まれたという知らせを二日遅れで受けて、飛んで来たあの女は、半分涙声で青筋を立てて怒り出した。 (胸クソ悪ぃ・・・) 涙声のあの女を見るのは嫌だ。昔からそうだ。いつもは意地っ張りで融通の利かない奴なのに、時たましおらしい姿を見せる。だから大事な裁判をひかえた今回は連絡を遅らせたのに。何より犯人と良く似た顔を見ると、事件後のやり場のない苛立ちに襲われた。 「冗談じゃないわ!」 女の怒りは治まりそうにない。自分の行動が裏目に出た。心配を掛けたのはこっちだが、逆に一本背負いをくらってしまった。秋吉の空手の攻撃よりずっと痛い。 「心配掛けたお詫び…期待してるわね」 宥める娘をよそに、こんな捨て台詞を残していったあの女はそのまま探偵事務所を出て行った。 娘と夫が無事であったからこその怒りはしばらくやむ事はないだろう。そんな彼女を見て、事件後のやりきれなさもどこかに吹っ飛んでしまった。 小五郎は煙草に手を掛け、再び百円ライターで火を付けようとするが上手くいかない。 「あいつは事件とは関係ねぇしな」 ライターをデスクに置いて、上着に袖を通す。もう、事件の事であれこれ考えるのはやめよう。 「ったく、あいつにお詫びだと?・・・面倒臭せぇな」 文句を言いながら外へ出た小五郎だが、その足はあの弁護士の女の好きなチョコレートの店に向かっていた。 fin *********************** おっちゃんメインでこごえり風味。 |
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