灰色の涙











「哀ちゃん?」

 屋上。
 ぼんやりと空を眺めていた私は、急に現実に引き戻された。
「何でもないわ」と、吉田さんの心配顔を見て,慌てて答える。


「少し・・・昔のことを思い出していただけよ」


 教えて教えて!・・・と、聞いてくるかと思ったのに、意外にも彼女は何も言わなかった。
「・・・聞かないのね」
「・・・だって、辛そうな顔してるから・・・」


 そう、過去にいい事なんて一つも無い。
 思い出せるのは暗闇のような記憶。
 闇を照らしてくれた唯一の肉親すら、もうこの世にいない・・・――











『どういうこと?あれはまだ未完成・・・それなのに勝手に人間に投与するなんて』

 私が組織を抜ける前のある日――本部からやってきた男(コードネームは私に言わなかっった)に、APOTX4869の使用を伝えられた。

『我々があの薬をどうしようとお前には関係の無いことだ、シェリー。お前はただ組織の命令どうり研究を続けていればいいんだよ』
『あれは暗殺のために作った薬じゃないわ!!!あれは・・・あれは私の両親の意思を引き継いで必死になっていた研究なのに!』
 すると、私はいきなり銃を突きつけられる。
『もう黙っておいたほうがいい、さもなくば貴様の姉が死体となって此処にやって来る事になる』
 姉を引き合いに出され、私には為す術が無い。
『わ、解ったわ・・・姉は組織には関係ない。手を出さないで・・・』
 そう言って俯くと、あるフロッピーを渡された。
『これは?』
『APOTX4869の服用者リストだ。死亡が確認されていない男の家に調査員を派遣する。薬の考案者としてお前も同行してもらう』

『――一体誰なの?』
『工藤新一・・・好奇心が災いして死ぬ羽目になったガキさ』
 男はそのまま私の元を去って行った。









 リストには何人もの殺された人の指名が綴ってある。私が殺した、人達が。それを見るだけで、涙が溢れた。






 違う!!!私はこんな事の為に研究をしていた訳じゃない!
 私は毒薬を作っていた訳じゃない!・・・私は―――





 「正義」なんて興味は無かった。・・・ただ、自分の所為で人が死ぬのが耐えられなかった。












 そしてしばらくして、私は耳を疑うような事を組織から聞かされる。



『お前の姉は死んだ』


 姉が、組織の仕事に手を染め、殺された。








 なんで?なんで・・・ なんで!!!





『お前には関係無いことだ』
 何度聞いても返事はこれだけ。


 そ・・・んな・・・


 どうしてお姉ちゃんが殺されなきゃいけないの?
 何で理由を教えてくれないの?

『大丈夫、うまくいってるから・・・』
 そう言ってたじゃない!
 どうして?
 どうして!!!

 お姉ちゃんをかえしてよ!!!!!








 新聞には『10億円強奪犯自殺』の文字。
 お姉ちゃんが自殺するわけないじゃない!!!!!!






 姉の殺された理由を告げない組織に反抗する為に、私はAPTOX4869の研究を中断するという強硬手段をとった。当然のように彼らに歯向かった私は拘束され、ガス室に監禁された。左手を手枷に繋がれて。
 きっと殺されると解っていた。たとえ薬の研究に遅れが生じても、彼らは私を始末する。結局は、私も姉も組織に踊らされていただけなのだから。
 でも、別にどうなっても良かった。もう私の周りは暗闇なのだから。闇は果てしなく続いているのに、私はあても無く歩き続けなければいけないの?

 嫌だ。

 お姉ちゃんのところに行かせてよ!闇を照らしてくれたのは――私が生きていられたのはお姉ちゃんがいたから。それに、私は人殺し・・・生きていていいの?
 だったら――




 私の頬に涙が伝う。
 姉が死んでから、どれくらい泣いただろうか。



 真っ暗なその部屋の中――私は隠し持っていたAPTOX4869を口に含むと、一気に飲み込んだ。




























「もう・・・泣かないで。つらい事・・・思い出してるんでしょ・・・?」
 気がつくと、吉田さんの顔が目の前にあった。




 あれから皮肉にも生き残った私は、紆余曲折を経て小学生として身を隠していた。
 今でも苦しみは私の中にある。夢をみれば、低く、威圧感のあるあの男の声が、冷ややかなあの女の声が、響いてくる。姉を思い出しては、悲しくて涙が流れた。




「哀ちゃん。つらい事考えるよりも、私たちと一緒に楽しいことしよう?」
 優しい言葉と眼差しに、彼女が私より10も年下なことを忘れそうになった。


「私、哀ちゃんの事大好きだよ!」
 そう言って、私の手をぎゅっと握り締める。




 あったかい・・・




 凍てついた心が解けていく様に、涙目だった私は落ち着いてきた。
 私にはもう笑いかけてくれる人はいないと思っていたのに。
 まだ何も本当の事を話していないのに。
 私は独りじゃないと思っていいの?
 私の事を、受け入れてくれるの・・・?


「哀ちゃんは私の一番の親友だもん!!」


「え・・・」

 照れくさくて。
 でも、いつのまにか私の周りは温かくて。
 嬉しさが込み上げた。  涙も、乾いてゆく・・・・



 まだ、私の正体を、真実を言うわけにはいかない。
 いかないけれど――
 でも暗闇の向こうに、小さな出口が見えた気がした。
 まだ遠いけれど、きっと歩いていける。

 だから――



















 私は一人足早に階段へ向かい、振り向いて、言う。
「もうすぐチャイムがなるわ、おいていくわよ・・・歩美?」



 その瞬間、歩美は目を見開いた。
「うん!」と、とびきりの笑顔で私の元に駆け寄ってくる。






 もう涙は出なかった。











Fin
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哀ちゃんと歩美ちゃんの関係が大好きですvv
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