街を歩けば











 自分はむしろアウトドア派だと、志保は思う。
 夜行性を謳ってはいるけれど、外に出るのは嫌いじゃないし、動植物も好きだ。山や湖に行って、ぼーっと景色を眺めて。野鳥を観察してみるのもいいかもしれない。ただ今まで机に向かう事を強制されていただけだ。
 今も部屋に引きこもる事も少なくないが、それは自分の得意分野を活かして何かしたかったから。
 奪われた普通の生活と、代わりに強制された研究三昧の日々。身の回りの事件がが片付いても、奪われたままでは悔しい。
 彼らのおかげで得た知識で、科学者として社会に貢献する――それが組織に対する細やかな復讐。

「頼りにしてるよ、宮野」
 これは、何処かのミステリーグルメさんの台詞だ。



 志保は、科捜研の一員になった。



 志保は白衣を脱ぎ、パソコンの電源を落として研究室である地下室から出た。薄暗い階段にを上がってリビングに行けば、白髪頭の男がゲームの試作品で遊んでいる。
「博士、出掛けて来るわ」
博士、と呼ばれた彼は志保の父親代わりだ。
「何処に行くんじゃ?」
「適当。休みの日にまで地下室にこもるのは気分が悪いから・・・」
 近所を散歩するのが、体を取り戻してからの自身の楽しみであり、日課。
 扉を開けると、薄雲かかった青空が見えた。太陽の光に、目を細める。
 ひっそりとした住宅街を抜け、車の雑音に気を取られた時、後ろから声がした。

 久し振りね、そう答えた視線の先には少年探偵団が三人揃っていた。肩にはビニールのバッグがかけられ、太陽の光が反射していた。
 彼らは元の身体に戻った志保に対して未だ「灰原哀」として接してくれた。真実を知っても受け入れてくれた彼らに感謝した。
「これから皆でプールに行くんです」
 青いプールバッグを見せつけながら光彦が言う。
「オメーも行くか?」日に焼けた顔が眩しい元太。
「今日は仕事休み?」歩美の無邪気な笑顔。
 顔を覗き込まれ、質問攻めにあって、少し焦る。
 三人の勢いには未だ敵わない。けれどそれは、彼らとの関係が今までと変わりないという事。いつまでもこんな関係でいたいと、志保は思う。一言謝って、そのまま彼らを見送った。



 お気に入りのレトロなオープンカフェの目の前で出会ったのは、例のミステリーグルメの探偵だった。
「・・・ったく、その形容やめろよ」
 ジト目の彼に、呆れ顔で応戦すると、昨日読んだという推理小説の話が始まった。
 蘭さんも大変ね、と心の中で苦笑する。立話中の彼は、どこにでもいる高校生。彼の頼りになる所に、以前の自分は恋心の様なものを抱いていた気もするが、それはもう昔の事。志保は、彼と、その彼女が共にいる姿を見るのが好きだ。
「ゆっくりここのコーヒーが飲みたいんだけど」
 だからもうその話はよして、と不貞腐れて言えば、彼はしぶしぶ話を止めた。
「これから蘭と出かけるんだ」
 彼は笑顔で言う。
 嬉しそうな彼を見て、安堵した。



 信号が変わるのを待っていると、低く、それでいて陽気な声が志保を呼んだ。
「目暮警部…」
 恰幅のいい身体はいつもの茶色いスーツではなく、ジャージに包まれている。志保は軽く会釈した。
 今日は非番でこの辺りを走っていたという目暮は、君も今日は非番かね?と志保に問い掛ける。志保はそうです、とだけ答えた。
「科捜研の連中も、君を絶賛していたよ」
 仕事は楽しかった。やりがいと自分の居場所をやっと得られた気がした。
「ありがとうございます」
 志保は少し笑みを浮かべて頭を下げる。自分でも誰かの役に立てるのだ。心からの感謝を込めて頭を下げた。
「これからも頼むよ。」
 目暮は掌で志保の肩をぽん、と叩いてそう告げると、再び息をあげながら走り出す。刑事の基本は体力――これが目暮の持論だ。



「志保さん!」
 彼と別れて少しして、声を掛けたのはミステリーグルメさんの彼女とその親友。
「さっき工藤君に会ったわ。貴女と会うって、嬉しそうに」
 そう言うと、ヘアバンドの少女が烈火のごとく怒り出す。
「蘭は新一君のものだと思ったら大間違いよ!志保さんだってそう思わない?」
 と、怒り口調で迫られた。
 確かに。私達だって蘭さんと話がしたいわ。
「大体、今日はクラスの集まりなのよ。蘭と私は用事があって、少し遅れたんだけど」
 蘭は困った様な顔をして、親友をなだめている。暴走しがちな親友を抑えるのは彼女の役目だ。
「そうだ、志保さんも行く?」
 脈絡も無く、二人が声を揃えた。
「あたしと志保さんで新一君をからかわない?」
 拳に力を入れながら、小悪魔的な笑みを浮かべた園子に、蘭が慌てる。返事を返せないでいると、蘭からの助け船が来た。
「でも志保さんなら、皆とすぐ仲良くなれると思うな」
 ありがたいフォローだったが、大人数と話すのは得意では無い。私なんかと話したがる人なんているのかしら?と、志保は自嘲する。自虐的な考えは悪い癖だ。
「今日はやめとくわ。のんびり散歩しているだけだから」
 今度遊びに行こうね、と二人に誘われ、踵を返した。おかしな話かもしれないが、彼女達と話していると、自分が奪われた普通の生活を取り戻しているような、そんな気分になる。


 いけない。もうこんな時間だ。



「今日は人に良く会うわね」
 小声でつぶやきながら帰路につく。
 私、そんなに友達多かったかしら?皆、強引で、マイペースで、おせっかいで…優しくて。
 志保は溜め息を付きながら苦笑した。不思議と足取りは軽い。
「・・・のんびり散歩もできないじゃない」



 けれど、悪い気はしなかった。






















fin

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志保ねーさんの日常、みたいな。文句言いながらも何気ない日常を楽しくしているんですよ。志保は。
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