Angel song 2













 「コナン君!」

 帰り道。
 後から呼び止められて振り向くと、歩美、元太、光彦、灰原の四人。



 「明後日はコナン君の誕生日でしょ?予定ある?」

 「ん…ないけど。」

 「だったら皆で出掛けましょうよ!」

 「トロピカルランドにな!」


 え…


 灰原がとたんに俯いた。


 「行こうよ!蘭お姉さんも誘って。」


 蘭も一緒に…?あの場所へ?


 全ての始まり
 大切な思い出
 最初で最後の告白

 それらが詰まった場所。
 でも今は、辛い思い出にしかならない。




 「別にいいって…」

 もう行きたくねーよ…17歳を、あそこで迎えたかねーよ。


 「行きましょうよ!」
 「行こうぜ!」

 三人…しつこい位に俺を誘う。

 …なあ、もういいって…



 だから…行きたくねーって…

 「えー行こうよ!」

 だから…
 いいって…嫌だって…


 もう言うなよ…


 お願いだから…!!





 「行きたくねーって言ってんだろ!!」



 あ…

 俺…


 今、何て…



 三人の表情が一瞬にして凍りついた。




 まともに見られない…






 別にこいつらの所為じゃない。
 俺が勝手に苛ついて、勝手に傷つけた。

 何も関係ないこいつらに、一番やってはいけない事なのに。
 その為に距離を置こうとしたのに…!

 「悪い…言い過ぎた…」


 俺は…それだけ言って、逃げるように走って帰った。





















 事務所には誰もいない──


 ソファにばたんと座り込み、ポケットから携帯を取り出した。


 それは…新一の携帯──


 あの頃のように。
 声が聞きたい時、すぐに電話して笑いあえたら良かったのに。



 突然、ノックの音が響いた。

 「くど…、江戸川君、いるんでしょ?入るわよ。」

 「灰原…」




 「ごめんなさいね…彼ら、無神経な事言って。知らないから…貴方がどんな気持ちで誕生日を迎えるか…」

 「何言ってんだ、お前が謝る事じゃねーだろ。…俺が悪かったんだよ。」

 暫しの沈黙。
 それを破ったのは灰原──

 「大丈夫…?相当…まいってるみたいだから…。」
 「大丈夫だよ。」

 ──雑音が聞こえるだけさ。

 「お前こそ、顔色悪いぞ。」
 「別に、ちょっと寝不足なだけ。」
 「ならいいけど…」

 「もう帰るわ…」






 帰ろうとした灰原は、背を向けて何かをと呟いた。

 「…から…ないで…」



 「え?」


 「おい!灰原!」
 灰原は、振り向く事無く事務所を出た。
 俺は、茫然と立ち尽くしていた──







 「…蘭…」

 気付いた時には、辺りは夕闇に包まれていた。























 五月三日。
 今日から連休の始まり。学生の殆どが喜ぶ。

 でも俺だけ──違ってた。

 蘭は三年の担任らしく、受験に備えて今の時期から高校を訪問したりしている。


 「じゃ、行ってくる。出掛けるなら戸締まり忘れないでね。」



 朝。
 いつもの台詞を残して蘭は家を出た。
 俺は暫らくうとうとしていたが、着替えて外に出た。

 何処に行きたい訳でもない。
 ただ、家にいるとどうしても色々考えてしまう。


 気晴らしに出掛けるのもいいかもしれない。

 十年は、急ぎ足で過ぎていった。
 世界は日々進化している。
 俺は、その中で同じものを求めていた──
 皆が成長し続けている世界。それなのに、俺の頭の中は“17歳”の工藤新一のまま──

 27年も生きてて、何も変わっちゃいない。


 「ざまあねぇな…情けねー男になったもんだな、俺も…」


 本屋辺りをぶらぶらしていると、ある本にのキャッチコピーに目が止まる。





 “工藤優作最新作、闇の男爵シリーズPART20”





 ああ、もうそんなに出たんだ。



 いつしか、推理小説からも遠ざかって昔の様には楽しめなかった。
 並の推理小説なら中盤くらいには真相が解ってしまうから、推理力が衰えたわけではない。
 でも、何かで心から楽しむなんて事が出来なかった。



 そしてそのまま店を、出る。


 帰り道に無意識に工藤邸の前を通り過ぎようとしていた。







 あ…







 家の前に見覚えのある、人影。





 「服部…」


 「よう、工藤。」


 俺が“江戸川コナン”になると決めた時、一番反対していたのが奴だった。
 言い合いになって、気まずくなって、それ以来連絡を取っていなかった。

 「その呼び方止めろ。俺は工藤じゃない。」


 十年前から、正体を知る者に“工藤新一”と呼ばせる事を止めさせた。


 「お前も…やっと元の顔に戻ったんやなあ。」

 むっとして睨みつけると、服部は慌てて付け足す。
 「そう怒んなや…別にお前と喧嘩しに来たんやないんやから。」



 「お前の…これからの事考えよ思て来たんや。」
 「何だと?」
 「お前、ホンマにこれでええんと思てるんか?」

 「どーゆー事だよ…」


 「お前、このままあのねーちゃん放っといてええんかゆうてんねや!」

 服部…お人好しだな、お前も…でもな…

 「──いいんだよ。俺はもう…新一じゃないから…新一の事は忘れた方がいい。いや、きっと忘れちまったよ、あいつは。」

 「嘘や!お前はホンマは…忘れて欲しないんやろ?ずっと待ってて欲しいんとちゃうか!」



 「何でだよ…忘れてもらわなきゃ…あいつはまた泣くだろ!俺はもう元には戻れねーんだよ!新一なんてこの世にはいねーんだよ!」
 思わず怒鳴り散らす。

 「ほな、なんでや…なんでお前はあの事務所におんねん。ホンマに忘れて欲しやったら消すやろ!姉ちゃんの前から姿!工藤と同じ面したお前が目の前におんのに、姉ちゃんが工藤忘れられる訳ないやろ!」

 痛い所をつかれた。幾ら眼鏡で変装しているとはいえ俺の顔は新一そのもの。

 でも…


 「蘭は、忘れたよ。あいつは、新一の名前を呼ばない。涙も見せない…」




 「俺は、あいつが笑顔ならそれでいい。例え…その笑顔が俺以外の男に向けられたものだったとしてもな」


 何度も泣かせたから。
 待たせていた時、あいつの本当の笑顔を見たのはいつだったろう。

 「なんやそれ…姉ちゃんがホンマに笑うんには工藤が必要やって事位俺にも解るで!」
 「俺は工藤新一じゃねーんだよ!」




 俺が笑顔になる為には、蘭がいねーと駄目だけどな。




 そうさ…
 本当は忘れて欲しくなんかない。

 隣で笑うのは蘭じゃなきゃ嫌だ。
 ずっと待ってて欲しい──

 でもそれは俺の我儘で。

 戻れない俺の
 “待っててくれ”
 なんてあいつを縛り付けるモノでしかないじゃないか。


 蘭には…無限の才能と可能性がある。
 きっとこれから幸せを見付けられる。

 「服部、オメーはさ…大切な奴の所に帰れよ。傍にいられんなら、ずっといさせてやれよ。甘えさせてやれよ。…待ってるぜ、きっと。俺の事はいいからさ。」


 「アホや…アホやお前…」



 「ああ」

 そうだな。

 「自分の気持ち位素直になれや…」


 「最後に聞いとくわ…今お前、姉ちゃんの事どない思てんのや」

 「何で今更…」

 俺は目を見開く。

 「俺は和葉が他のしょーもない男と一緒におるなんて耐えられへん。せやけどお前は、偽りの姿を本物にして姉ちゃんの気持ち一番考えるんとしても…自分の気持ちくらい偽り無しでいろや」

 俺は。



 俺は…

 俺の気持ちは──

 「この先何があっても、あいつが俺を忘れちまっても、俺が好きなのは――蘭一人だけだ…」

 「そか…」

 服部は、それ以上何も言わなかった。


 「ほな、俺ホテル帰るわ…仕事でこっち来てん。依頼はきちんと受けなあかんしな。」


 「悪いな」




 事務所に帰って、俺はそのまま電話に手を掛けた。

 「明日、行くよ。トロピカルランド…」























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前編終了です。管理人は江戸っ子なので関西弁おかしくても勘弁してください;;
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