8years (10)











「こんにちは」
 部屋に入ってきたのは、今の歩美の親友にそっくりで、けれど自分達より十歳は年上に見える大人の女性だった。
「灰原さん!」目を見開いて光彦が叫んだ。

 それに対してなのか否なのか、「初めまして、宮野志保よ」と彼女はきっぱりと言った。
 そこから、志保はわずかに息を吐いた。切なげに瞳を震わせたのは、これから話す真実に戸惑いがあったからだろう。
「灰原哀は仮の名前。博士がつけてくれたの」
 そして語ったのは、自らが犯罪組織に所属していた事。
 両親の後を継いで神秘の毒薬を開発していた事。
 姉が自分の為に殺された事。
 組織に反抗したが、結局拘束されてしまった事。

「死のうと思って飲んだのが、自分が開発してた薬ってわけ。結果は工藤君と同じ、体が縮んだだけだったけどね」
 自虐的な彼女らしく、志保は自分を笑ってみせた。
「じゃあ灰原さんはその組織を抜け出して阿笠博士の元に行ったんですか…?」
「正確には、工藤君のところね。彼が私と同じように身体が縮んでいる事は想定していたから。博士は私がこの家の前で倒れている所を拾ってくれたの」
 あとは、貴方達の知る通りよ、と付け足す。

「驚いたかしら?私が犯罪組織の一員だって事」
 それに対して、3人は言葉を発することは無かった。
(そうよね。私、人殺しだもの)
 唇を噛んで、泣くまいとこみ上げてきたものを堪える。ここでもし泣いて、被害者ぶるわけにはいかない。
(私は、加害者だ…)

「お前は何も重要な事は話してねーだろ。お前が開発していたのは暗殺用の毒薬じゃなく、不老の薬──APOTX4869はそれの為の試作品」
 新一の反論に、志保は思わず前のめりになった。
「でもっ」
「APOTXを服用した人間は身体が神経組織を除いた内臓、骨格、体毛が幼児化するか、効力に耐えられず死ぬかしかない。だから組織はそれを死体から毒が検出されない毒薬として使用してきただけだ」
「結果としても私の所為で人が沢山死んだのは事実だわ。これだけは、責任転嫁しちゃいけない事よ」
「それでも」
 お前は毒薬を作ってきたわけじゃないんだ、と新一は続けた。それを聞いた3人は、こくりと頷く。

「だけど俺達がお前等を傷つけたのは事実だ。正体を隠し、小学生になりきる為に利用したんだ」
 今だって忘れた事なんて無い。あの、8年前の、嘘のような本当の一年余り。
「お前らは何も知らずにお前等は俺等を受け入れる、そんで用が済めばさよならだ。本当に悪かったって思ってる」
「本当なら私達が姿を消した時全てを伝えるべきだったのかもしれない」
 志保は俯いて告げた。さっきから、3人の顔をまともに見ることは出来ない。
「でも、江戸川コナンと灰原哀が自分の中で余りにもでかくなっちまったんだ。だから、真実を伝えると二人が消えちまう様な気がしてさ」
 新一は悪戯っぽく笑った。3人の中で、その顔があの眼鏡の少年と重なった。
 静寂の中で新一は言う。
「俺がこんな事言うのもおこがましい気がするけど」
 真実はたった一つしかないのは解ってる。
 彼らが親友だと思っていた2人の、存在が否定されてしまえば無理かもしれないけど。

「コナン達の事忘れないで欲しい」

「灰原哀の事も──」
 新一がずっと思っていた事。身を隠し続けた生活の中、いつのまにか大きくなっていた自分の中の江戸川コナン。
 元に戻る時、本当に嬉しかったけど、少し淋しくもあった。コナンは自分だとを忘れてしまう気がする時もあった。
「騙しててすまない」
 だからこそ、コナンが二度と皆の前に現れない事を3人に告げるのが辛い。

 歩美は告げられた真実に困惑していた。
(馬鹿だ、私。新一さんも哀ちゃんも、この8年、苦しくても前に進んでいたのに。そしてそれを私達に言ってくれたのに。私だけ、一人で立ち止まってた…)
 涙を堪える。今は、悲しい訳じゃない。
(真実を受けとめなきゃ。ねえ、コナン君、哀ちゃん。私も、少年探偵団の一員だもん)
 新一達の言葉が歩美を動かした。
「新一さん。私怒ってないよ?私達は騙してたんじゃなく、守られてたの。利用されてたんじゃないよ!だってコナン君を好きになったのは私の意志だもん」
 鼻水を啜った。迷いの無い声で、溌剌と歩美は笑ってみせた。

「僕もです」
「俺も!コナンが新一でも、コナンと灰原は俺達少年探偵団の仲間だ!帰ってきて嬉しいぞ!」
 二人とも、はっきりと言い放つ。
 元太は、親友がもう一度自分達の前に帰ってきてくれたのが心底嬉しかった。
 光彦は、新一は新一であると同時に、コナンであると確信できたからだ。彼らは別人ではない。哀に再会して、少し鼓動が早くなった気もした。  歩美は二人を見て微笑んだ。
 知りたかった、コナンと哀の行方。光彦の言った通りの結果。
 当寺の二人とはもう二度と会えない。
 それなのに、もう涙は出なかった。あんなに会いたくてやまなかったのに。
 歩美の中で何かが変わってゆく…
「新一さん、本当の事、言ってくれてありがとう」
 心からそう言えた。そして歩美は、蘭の前に立って、ぺこりと頭を下げた。
「蘭お姉さん、この前はごめんなさい」
 蘭は、ゆっくり首を横に振った。
 もう大丈夫。
 前に進める。
 一歩前へ。

「コナン君は私にとって大切な事を教えてくれた。私、コナン君に出会えて良かった…!」

 そこに居るのは、8年前と変わらない――。
 好奇心旺盛で、おてんばで、屈託の無い笑顔の歩美だった。


「俺も、感謝してる、お前等に」
 新一が、穏やかに告げた。あの頃の事を思い出していた。
「ねえ、新一さん。もう一度聞いてもいいかな?」
「ん?」
「──ずっと友達で居てくれる?」
 8年前の、告白の後にしたのと同じ問い。
「バーロ、たりめーだろ?」
 新一も同じ返事をした。
 もう、迷わない。
 もう、逃げない。
 ──歩美はしっかりと前を向いた。






















next
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送