8years (2)











 工藤新一は8年前に小学生の姿になったが、それから一年近く経った頃に元の高校生に戻り、平和な生活を送っていた。最も大切で愛しい女性に思いを告げて。
 もうすぐ25歳。夢を実現させて、私立探偵として活躍していた。両親は相変わらず外国で呑気に暮らしているが、新一は独り暮らしをしている訳ではなかった。

「らん、らーん!蘭!」新一は部屋で書類に目を通してながら、蘭を呼んだ。
「なーに?新一」
 そう言って8年経って美しい大人の女性となった毛利蘭、いや、工藤蘭が姿を表した。二人は3年前に結婚したのだ。










 3年前、大学卒業を明日に控えた日。新一は蘭を米花センタービル展望レストランに呼び出した。高校生の時、一度だけ無理矢理親のカードを使って食事をしたそこは、あの時は大切な約束交わしたレストランだ。
『新一、またいなくならないでよね』
 怒っているわけではなく、からかいの意味を込めて言った。
『あん時は悪かったよ』
『いいって、コナン君として、いつか必ず帰ってくるって約束してくれたもの』
 蘭は優しく口にした。コナンが低く、真剣な口調で言った言葉は、彼女の心にずっと在り続けている。
『大丈夫、今回は何処にもいかねーからさ』
 新一は、蘭の肩をぽん、と叩いた。あの時のような別れをする訳にはいかない。大切な話を、あの時言い損なった事を伝える為に来たのだから。
『ねえ、この前と同じじゃない、何よ話って』
 前振りのホームズ話もそこそこに、本題へ入る。
『いや、その・・・何てーの?今まで色々あったよな』
 事件の真相を語るときの度胸は何処へやら、なかなか言いたいことを口に出来ない。改めて言う事はこんなに大変だっただろうか。



『そうだね。私、またトロピカルランド行きたいな。沢山色んな事あったから』
 思い出したように、蘭が言う。そこは二人の始まりの場所だ。
『そーだな』
 相槌を打ちながら、新一はごそごそとポケットに手を突っ込んだ。
『・・・俺さ、大学卒業したら探偵事務所開こうと思う』
 意を決して。少し間を置いて、静かに伝える。
『本当に?おめでとう!』
『ああ』
 蘭は優しく新一に微笑み、ワイングラスを手にする。
『乾杯しようよ!トロピカルランドで私にしてくれたみたいに』
 蘭の笑顔があまりに可愛くて、新一は顔を赤くした。
『名探偵工藤新一の更なる活躍を願って』
 そう言って二人はグラスをコツンと合わせる。以前とは違う、少し高価な乾杯。蘭がワインを口に運んだ時、新一はポケットから小さな箱を取り出した。

『俺さ・・・今まで蘭に淋しい思いばっかさせちまったけど、もう独り暮らししたくねーんだ。地球上の誰より蘭を愛してる』
 真剣な眼差しで、あの時言いたかった台詞を。
『・・・結婚して欲しい』
 箱を開けると、中には指輪が入っている。蘭はそれを見て透き通るような瞳から、涙をこぼした。そして、左手を差し出す。
『新一、はめてほしいな』
『ああ』と言って新一は指輪を蘭の薬指にはめてやった。
 シンプルなデザインのそれは、白く細い蘭の指に良く似合う。お互いに笑い合い、本当の幸せを噛み締めながら、二人はその年の7月──式を上げた。










 それから3年。
「ちょっと珈琲いれてくれねーか?」
 夫の相変わらずな態度に蘭はむっとした表情をしてソッポを向いた。
「ふーん、自分でいれたら?私は新一の家政婦じゃないんだから」
 そう言われて新一は焦り、書類の束を机から落としてしまう。
「な、何だよ。まだ一昨日約束すっぽかした事、すねてんのか?」
「別に・・・だけど帰宅途中のバスの中で殺人事件が起こるなんてそんなにないわよ」
「しゃ、しゃーねーだろ」
「前に目暮警部がお父さんに言ってたわ。『お前は事件を呼ぶ疫病神だ』って。今思うと事件を呼ぶのはコナン君よね、新一」
 昔から変わらぬやり取りはどこか心地良く、日常茶飯事。

「うっ、それは言うなよ・・・でもすぐ解決したぜ。何だよ、まだ怒ってんのか?」
 自信たっぷりの声で、蘭を見やる。
「怒ってないわよ。新一は新一のやるべき事をやったんだから。事件解決した時の顔見たいし」
「・・・サンキュな」
 蘭の頬に、優しく触れた。新一がが自分に触れるこの瞬間が、彼女は好きだ。

「そうだ、今日は帰りが8時近くなっちゃうけどいい?」
「あん?夜遅くなるなら気ぃ付けろよ」
 ぶっきらぼうだが、口調は優しい。
「大丈夫大丈夫!鍛えてますから」
 蘭は拳を前に突き出す。
「電話してくれればすっとんでくからよ」
「ありがと」
 彼女はそのまま家を出た。空手の道場に行くのだ。


 蘭は高二の時、都大会と関東大会を立て続けに制覇。
 高三では全国大会に出場。華麗な後回し蹴りを披露して、観客を魅了した。新一にとっては蘭にファンが出来るのが嫌で仕方なかったらしいが、それはまた別の話だ。しかし準決勝での捻挫で泣く泣く決勝は棄権することになり、準優勝の成績を収めた。大学では全日本の大会にも数多く出場し、家にはトロフィーや賞状が飾ってある。卒業してからは幼い頃通っていた道場に再び通い始め、門下生の子供達や、帝丹高校にOGとして教えに行ったりもしている──そして今日も、道場での稽古を終えると帝丹高校へと足を運んでいた。

“Purururururu…”工藤家の電話が鳴った。
「はい工藤探偵事務所です」
『新一?蘭だけど』
 蘭の声を聞くなり新一は不機嫌極まり無い顔をしながら言った。
「オメー今何時だと思ってんだよ」
 時計を見ると午後九時。蘭が言った帰宅時間はとっくに過ぎている。
「八時に帰るって言っただろ」
 どうやら蘭の帰りが遅かったのが心配だったらしい。人はあんなに待たせるくせに、自分は待つのが嫌いなのよね、と蘭は思う。口に出しては言わないが。
『ごめんね、いつも通り高校行ったら試合してくれって頼まれちゃって』
 ったく、断れねーんだから・・・と思いつつ、それは蘭のいい所でもある。

「高校生相手に負けたら承知しねーぞ?」
『大丈夫、負けるわけないじゃない。全力で勝たせて貰いました』
「もう帰って来っか?」
 胸を撫で下ろして、聞き返す。
『うん、最後に主将とやったら帰るね。それまで待ってて』
「・・・わかった」



 ────試合は白熱としたものだった。
 しかし蘭が全日本レベルの技術と経験の差を見せ付け、見事な勝利だった。相手の本気には本気で答えるのが蘭の優しさなのだ。
「今日はありがとうございました」と皆に礼を言われ、着替えて外に出る。玄関を抜けると校門の所に誰か寄り掛かっているのが見えた。
「新一!」
「お疲れさん」
「迎えに来るなんて一言も言ってなかったのに」
「早く蘭に会いたくなっちまったから」
 新一は、蘭の手を取り、甲にそっとキスするとポケットからキーを取出し、車のドアに手をかけた。手馴れた仕草は、いつ見ても様になる。
「乗れよ。一昨日約束すっぽかしたお詫び。今日こそメシ食いに行こーぜ」
「・・・ありがと」
 蘭は車の助手席に乗り込み、新一は夜の道に車を走らせた。






















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