8years (3)











 時間は5時間ほど前に遡る──
 学校がチャイムと共に終わると、校門から二人の男子学生が出てきた。光彦と元太だ。
「最近、歩美元気ないよな」
 元太がぽつりと呟く。そのまま学ランのボタンを全て外して、一息ついた。
「どうやら理由はコナン君のようですよ」
 読んでいた文庫本を閉じて、光彦は顔を上げる。
「コナンか。やっぱりあいつまだ・・・」
「好きみたいですね、彼の事。どーするんですか、元太君」
「そー言われてもよ・・・」
 ばつの悪そうに、指で頬をかいた。
「元太君が元気づけてあげなきゃ誰がやるんですか」
 元太の好きな人は勿論、歩美である。光彦は今は歩美の友達、愛の事が気になっているようだ。
「お前の方はどうなんだよ、光彦」
 光彦からの問に答えられずに、元太は逆に聞き返した。

「僕の方は自身無くなってしまいましたね。」
 光彦は苦笑をこぼす。
「そんな事言ってちゃ駄目じゃねーか。諦めんなよ」
「あはは、そうじゃなくて」
「はぁ?」
「最近思うんです。愛さんはとてもいい人だし、優しいけど・・・僕は彼女が灰原さんに似てるから気になっているんじゃないかなって。灰原さんを忘れられないから、愛さんに惹かれたんじゃないかって」
 表情を覗かれない様に、元太の一歩前を歩いた。少し傾いたオレンジ色の太陽が、二人を照らした。

「僕も、灰原さんの事が忘れられないみたいです」
 成長するにつれ歩美への想いははだんだん友達としての感情に変わっていった。そして哀への想いが膨らんでいく。光彦も、彼女が別の誰かを見ている事位解っていた。
 でも。
「そう簡単に想いは消せませんよ。叶わないって知ってても、例え面と向かってふられてしまっても」
 歩美も同じ。自分は振られてしまった。だから諦めようと思った。この想いはいずれ友情に戻るだろうと思っていた。でも相手が突然いなくなって。
 この想いはどこへも行く事が出来ずに歩美の中に留まったまま。

「なあ、俺ら」
 どうしたらいい?と言いかけて、元太は口を閉じた。
「僕も、解らないです・・・」










「歩美、本当にお夕飯いらないの?」
「いらない」
 一言、ドアの前に立つ母親に答えた。
「最近ずっと元気無いじゃない」
「病気じゃないから!大丈夫だから!」
 歩美は家に帰って、制服も脱がずにベッドに寝そべっていた。消えていく筈だった想いに押し潰されそうになりながら。
(・・・コナン君)
 待ち焦がれる人はもう存在しない。
(あの時、コナン君はきちっと答えてくれた。好きな人がいるから・・・って。私だって友達として仲良くしたいと思ってた)
 コナンを忘れたいわけじゃない。
(なのにまだ、こんなに好きだよ・・・)
 ただ、愛情を消したくて。苦しい片思いをやめたくて。新しく前に進みたいだけなのに。










 目を閉じれば、コナンとの思い出が今でも鮮明に蘇ってくる。
『でかしたぞ!歩美ちゃん』
『どうだ、歩美ちゃん出来るか?』
『コナン君が一緒なら、私出来ると思う!』
『江戸川コナン・・・探偵さ!』
 記憶の中の彼はいつでも笑っている。沢山の思い出が、かえって辛かった。
「こんな時哀ちゃんがいたらな・・・」
 灰原哀。茶色いウェーブかかった髪に鋭い、猫のような、儚い目と小学一年とは思えない大人びた表情を持つ少女。歩美は彼女を姉のように慕っていた。
 彼女もコナンと同じ雰囲気を持っていた。自分の知らない、同じ秘密を共有する仲間として。

 哀も、APOTX4869を飲んで体か縮み偽りの姿で小学校に通っていた。それを知らない歩美はコナンと哀の関係に不安を抱いたりもしたが、歩美にとって大切な人である事には変わりはない。初めて自分が彼女を「哀ちゃん」と呼んだ日のことは今でも鮮明に覚えている。
 チェストの上の写真に視線を向けた。五人で撮った最後の写真。
 哀は少年探偵団との接点を無くすために写真を撮る事を、極力避けた。これはそんな哀が彼らに急かされて写った写真だった。








『哀ちゃんも撮ろうよ!記念に』
 あれは、阿笠博士が少年探偵団になにやら発明品のお披露目をするために家に彼らを招いた時の事だ。
『私は結構よ。写真、好きじゃないから』
 ファッション誌を広げ始めると、横にいたコナンが小声で文句を言う。
『意地張んなよ。いーじゃねーか』
 無言で離れようとする彼女を、コナンは無理矢理引き止めた。
『いつかはさ、俺達はいつかこいつらの前から姿消すんだぜ?何か残してやらなきゃな。それにあいつら、俺等の事信じてやがる。こっちはずっと騙し続けてるってゆーのによ』
『・・・』
『だからちゃんと証明してやりてーんだ。“江戸川コナン”と“灰原哀”はちゃんとお前らの親友だってな。俺達といた時間が偽りだったら嫌だろうし、“友達のふり”なんかしたかねーんだよ。正体以外でこいつらに嘘はつきたかねえ。・・・だから』

 何も言わず彼の言葉に耳を傾けていた哀は、あきれ顔で言った。
『馬鹿ね。子供でも私と繋がりがあると彼らに知れたら、間違いなく殺されるわ』
 哀も、現実から逃げたいとは思わない。彼らに会って、前向きに生きられるようになった自分を見つけたから。けれど、だからと言って彼らを、本来ならば関わるはずのなかった危険に巻き込ませる訳にはいかない。万が一の時に、彼らと自分の関わりを示す証拠を残してはいけないのだ。
『大丈夫だって、やばくなったら俺が何とかしてやっからよ』
 親指を立てて、口の端を上げる笑みを浮かべたコナンのこの自信は、何処から出てくるのだろう。
『・・・』


『ほら、早く!二人とも!』歩美が二人を急かした。
 五人で撮った写真はこれで最後だった。歩美は再びその写真を見つめる。
 少し色褪せた写真の中の哀は、ほんのり笑みを浮かべていた。
(哀ちゃん、今何処にいるのかな・・・)






















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