8years (5)











 次の日、工藤家のインターホンが鳴り響いた。
「はーい」
 優作の書斎を改造した事務所で資料整理をしている蘭に代わって、新一が玄関に向かう。小走りで駆け寄って、勢い良く扉を開けると、制服が目に飛び込んできた。
「あれ、どーしたんだ?」
 歩美だ。
「・・・蘭お姉さんにお話があるんです」
 少し緊張した声、思い詰めた表情。それを見て、歩美が本気で自分に告白してきたあの日の事を思い出した。・・・あの時も、彼女はこんな顔をしていた。
「・・・上がれよ」
 苦笑して、そう言って新一は歩美をリビングに促すと、事務所に行って蘭を呼んだ。

「・・・歩美ちゃんが?」
 蘭とは背中合わせの状態で、新一はデスクに腰を下ろすと、蘭は驚いた声を上げた。
「ああ。相談だってよ」
「どうしたんだろう・・・」
 新一には直感で、何となく理由は解った。一年だけれど、いつも一緒にいたから。そっと目を伏せて、息を吐いた。
(ああ・・・)
 だから蘭の元にやってきたのだ、歩美は。
「思い詰めた顔してた・・・ちゃんと相談乗ってやってくれよな」
 新一にとって歩美は、一時を共に過ごした大切な仲間。
 そしてきっと、歩美にとってももう1人の自分は・・・――
(俺・・・判断、間違えたかな)
 小さくため息をつく。
 なんとなく二人きりにしてやりたくて、新一は蘭と歩美を残して出かけていった。





「歩美ちゃん、お待たせ」
 蘭が紅茶とお菓子を持ってリビングへ行くと、歩美は飾ってある数々の賞状やトロフィーを眺めていた。
「このトロフィー、私達も応援にいった時のですよね」
「ええ、2年前の」
「あの時の蘭お姉さんカッコよかった・・・!」
 笑顔を作って、歩美は蘭の方へと振り向いた。少し、硬い笑顔。
「皆が応援してくれたから優勝できたのよ」


 雑談をして緊張をほぐした後、蘭はゆっくりと、歩美に尋ねた。
「・・・話って何?」
「・・・・」
 歩美の中で押さえきれない想いが交錯していく。言葉が出てこない。
「私、私ね、今でもコナン君が大好き」
 搾り出したような声で、やっと口にしたのは、8年間抱え続けた想い。
「歩美ちゃん・・・」
「私ね8年前に、振られちゃったんだ」

「コナン君が私をそういう対象として見てないの知ってたよ?でも、告白したの。絶対振られるって知ってたけど、どうしても伝えたくて」
 少し俯き加減で、泣き出しそうな声で。少しずつ、蘭に思いを伝えた。
「それで吹っ切るつもりだった。でもそのあとコナン君・・・外国行って、逢えなくなって・・・吹っ切ろうと思ったけど、忘れようと思ったけど、逢いたくて逢いたくて、忘れられなくて」
「・・・そう」
 歩美の気持ちは、蘭にひしひしと伝わってきた。
「コナン君は、私達のこと忘れちゃったのかな。逢えないのかな。私と蘭お姉さんじゃ状況とか、違うの解ってる。でも知りたいの!蘭お姉さんはどんな気持ちで新一さんを待ってたのか知りたくて・・・」
 想いをただ、誰かに聞いてもらいたかった。きちんと解りやすく話せた訳でも、ちゃんとした答えが欲しい訳でもなくて。

「私は・・・」
 蘭は口をつむんでしまった。コナンはもう何処にもいない事も、二度と逢えない事っも知っているのだから。
(私、「待っててくれ」って言われてた。それが支えだった。でも歩美ちゃんは?コナン君は何処にもいない・・・)
 どうしたらいいのか解らない。何を答えていいのか。

「コナン君はきっと歩美ちゃんの事忘れてなんかないわ」

 そう、言えばいいのだろうか。


「蘭お姉さん、私、解んない。解んないよ・・・」
 歩美は、額に手を当てた。どうしようもない感情が、淋しさと嫉妬が、心の中で駆け巡る。そしてそれは目の前の女性に向けられた。
「いいよね!蘭お姉さんは!私は「待ってて欲しい」なんて言われてないもん!ずるい!どうして・・・!」
 それだけ吐き出して、歩美は慌てて口に手をあてた。

(今、私なんて言った?蘭お姉さんになんて言った?ずるい?そんなのただのひがみじゃない!・・・違う!こんな事を言いに来たんじゃないよ!蘭お姉さんはずるくない!私が八つ当りしただけじゃない!)

「歩美ちゃ・・・」
(蘭お姉さんは新一さんのいない毎日を必死に耐えたのに・・・なのに私が蘭お姉さんに言ったことは・・・最低だ・・・どうしてこんな風になっちゃうんだろう・・・?あの時、吹っ切れていれば、誰かを傷つける事もなかったのに・・・)
 歩美の頬に涙がつたう。

「ちがっ、違う!蘭お姉さんずるくない・・・私が悪いの」
 そう言って歩美は工藤邸を飛び出した。辺りは暗く、人通りもない。一旦立ち止まってとぼとぼと歩き始めた。
 ──その時、歩美は後から明かりに照らされた。
「え・・・?」
 振り替えるとそこにはトラックが自分に向かって走って来る。その瞬間、歩美は人影に抱き抱えられて道路脇に追いやられる。
「危ねえ!!」

  (コナン君?)
 一瞬の人影が、彼を思い出させた。
「大丈夫か?歩美」
 その口調はコナンそのもので。
(・・・まさか)
 歩美は腰を押さえながら体を起こして、人影を見る。
「ったく、ちゃんと車確認しろよ」
「・・・新一さん!」
 そこにはさっき八つ当りをしてしまった女性の夫がいる。
(コナン君かと思っちゃった・・・だってあまりにもそっくりだったから)
「本当に大丈夫か?」
「え、だっ大丈夫です!怪我もありません!」
 急いで立ち上がって駆け出した。今は新一の顔も、直視できない。彼と、蘭の顔を思い出してしまうから。
(コナン君、ごめんね・・・)

 そのまま無我夢中で走って辿り着いた米花公園のブランコに座って、歩美は月を見上げた。ブランコが揺れる音が誰もいない公園に響いて、一層淋しい気持ちになる。

(蒼白い月、でもまんまるで綺麗な月明かり。私とは大違いだね、私の心は全然綺麗じゃないもん。どうすればいいのかな?今のままじゃ、また誰かを傷つけちゃう・・・)






















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