8years (6)











「ただいま」
 新一が家に帰ると、ソファーに腰かけたまま、蘭は居間に飾ってあるトロフィーを見ていた。全日本選手権のトロフィーの隣にはインターハイ準優勝のトロフィーもある。
「どーしたんだ?蘭」
「・・・うん、これ、見てた」
 白い手で、そっと指差す。
「インターハイのじゃねーか・・・」
「あの時新一が飛び出してくるから大騒ぎになって、大変だったね」
 くすくすと笑って、蘭は当時を思い返した。
「悪かったな、あの時は」新一は頬をかきながら言う。
「ホントに懐かしいな」
 二人は五年前の大会を思い出した────







『行けぇーっ!蘭!華麗な後回し蹴り見せてやれーっ!』
 園子の声援が会場にこだました。
『蘭お姉さん頑張れーっ!』
 少年探偵団もいる。
『ねーちゃん負けるなーっ!』
『蘭ちゃんそこや!蹴りや!勝てるで!』
 平次と和葉もいる。
『蘭!頑張れ!』
 もちろん新一も。
 ──今日は蘭の空手の全国大会の日である。
 男女同時開催、そして海外大会でも優勝経験のある京極真も出場するのでマスコミも集まっていた。

『一本!』
 審判の声と共に声援が高まる。京極目当てに集まったカメラマン達も、隣で圧倒的強さを見せる蘭に注目していた。

 勝ち上がっていく蘭──その華奢で美しい身体からは想像もつかない程の力強さとスピード。中でも後回し蹴りは都大会より磨きがかかり、飛び散る汗が輝く。いつのまにか観客席には蘭のファンがついていて会場中の声援を受けていた。新一の胸中としては蘭に勝ち上がって欲しいがこれ以上蘭の脚に見惚れる輩が増えるのは耐えられないといったところだろう。

 しかし準決勝の事だった。相手の蹴りを受けた際、受け身を取った時に脚を捻ってしまったのは。
『いたっ・・・』
 それを見て最前列の新一が蘭の元へ飛び出す。

 言うまでもなく新一には女性ファンも多い。犯罪特集のテレビ番組にはゲストとして出演した事もあるし、私生活をマスコミに追い掛けられてインタビューに答える事もしばしば。その新一がマスコミも多くいるインターハイの試合を見に行っていて、しかも、とある選手が怪我をして倒れこんだ時に試合場に飛び出して必死に彼女の名を呼んでいれば記事にならないはずはない。
『蘭!大丈夫か!』
『平気、ちょっと捻っただけだもん』
『良かった・・・あ!』
 時、既に遅し。二人が話している所を写真に収められ、新聞や週刊誌に載ってしまったのである。
『高校生探偵工藤新一に恋人!』
 こんな見出しがついたのは言うまでも無い事で、蘭の素性はあっという間に調べ上げられた。あの有名だった毛利小五郎の娘で、幼なじみで、空手の全国準優勝(しかも決勝は不戦敗。怪我がなくて、もし出場してれば100%勝っていただろう)なのだからマスコミが蘭のコメント欲しさに群がって外に出られなくなってしまった。それに腹を立てた新一がカメラに向かって一喝して騒ぎは治まったのだ。

 それは、探偵工藤新一がマスコミをにぎわした最後でもあった。
 マスコミに顔が出回ってしまう事がどれだけ危険な事か、それは新一が見を持って体験した事だったからだ。








「本当、あの時は大変だったね」
「ああ」

 蘭は優しく微笑む。でもその顔がいつもと違う。触ると壊れてしまうような、今にも泣きだしてしまいそうな。
「何かあっただろ・・・?歩美と」
 たまらず新一が問う。
「歩美に帰りに会ったんだ。様子がおかしかったし」
「そっか・・・」
「俺さ、コナンだった時、お前に逢いたくて仕方なかったけど、歩美達と小学生としてはしゃいでる時はすっげー楽しかったんだ」
「・・・」
「あいつらは嘘で塗り固められたコナンを親友だと思ってくれた。でも俺は自分の都合であいつらの前から姿を消した。連絡先ひとつ告げずに。あいつらを・・・きっと傷つけた」

 あの時は、それが正しい判断だと思っていた。それ以外には、無いと。何もいう必要は無いと、このまま余計な事を告げずにいなくなる事が最善だと思っていたのに。

「正直、言いたくなかった。ホントの事は」
 怖かった。嘘をついていた事を、言いたくなかった。今までの関係が壊れてしまう事を恐れて。
「駄目だな、俺。あいつらの事何も解ってなかった。・・・なあ蘭、歩美、昔俺に告白してきた時と同じ顔してきた。・・・何かあったんだろ?」
 新一は蘭を見つめた。しばらく、沈黙の時間が流れる。

「──歩美ちゃんね、まだコナン君のこと忘れられないんだって。気持ちってそんな簡単には変えられないものよね」
「そっか」
(・・・俺の所為か)
「言われちゃった。‘ずるい’って。本心からの言葉じゃないわ、でも私が幸せになれた背景に、歩美ちゃんにとっての別れがあったのよね。私、何も言えなかった」
 蘭の瞳から、雫が零れた。新一は頬に触れ、蘭のその雫を拭ってやると、静かに口を開いた。
「やっぱさ、真実・・・伝えた方がいいよな」
「え、でも・・・」
 蘭が驚きの声をあげる。
「ホントは言わなきゃいけないって思ってたんだ。だけど小学生に伝えるには衝撃が強すぎるし、何より、嘘を言い出せなくて。でもやっぱり言うべきなんだよ。歩美は、俺の嘘の所為で未だに前へ進めていなかっんだから」
「・・・うん」
「取り敢えず宮野にも相談してみる。あいつも、当事者だから」
 そうだ。少年探偵団と自分との関係を明るみにしなくては、彼らは前に進めない。何もかも闇の中に閉まっておいて、いい訳が無い。

(真実を明るみにするのが、探偵の仕事だろ?)
 探偵、工藤新一は少し自嘲気味な笑みを浮かべて、自分に言い聞かせた。






















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