Angel song 1
◇
――いつか・・・いつか、必ず絶対に、死んでも帰ってくるから――
約束したのに。
俺は自分を取り戻す方法を失ったんだ。
組織を潰した際、どうしても欲しかった、APOTX4869。
奴らは捜査の手が伸びる前に・・・と、データを全て闇の中へと葬ったらしい。
――工藤新一に戻れない・・・?!
事実はあまりに残酷だった。
自分を失った俺に残された選択肢は2つ。
――二度と戻れない体で工藤新一として生きるか、
全てを隠し、江戸川コナンとして生きるか――
どちらにしても、「新一」に戻れないのは事実。
パイカルの成分から作られた解毒剤でさえ二日が限度。
これ以上蘭は待たせられない。
――全て話すか?
――泣かせるのを解っていて?
俺自身もこんな身体で新一として過ごせるのか・・・?!
だったら・・・!!
「蘭、もう帰れねーんだ・・・」
直接は伝えられなくて・・・留守電に、たった一言・・・――
――帰って来れなくてごめん。
ウソツキでごめん・・・
前は――歌が、聞こえていた。
天使の歌声。
俺の頭の中に聞こえる雑音を掻き消してくれる歌声。
もう、聞こえない――
◇
「・・・どがわ・・・江戸川!」
「え・・・」
「え?じゃねーよっ英語のテスト範囲教えてくれって言ったのお前じゃんか。休み時間終わるぞ」
「わり・・・いいや、俺もう帰るから」
「お、おい江戸川!!」
クラスメイトを振り切って、俺は屋上に寝そべる。
飛行機雲を眺めながら、俺は当時の事を思い出した。
『本当にいいの?新ちゃんはそれで後悔しないの・・・?』
『新一が決めたのなら仕方ないさ、俺たちは見守るしかない』
『アホぬかせ!!!ねーちゃんの事、どないするんや!!!』
『貴方が望むなら・・・』
沢山の人の言葉が駆け巡った。
そして俺の出した答え――
あれから、10年が経とうとしている。俺は再び、17歳を迎えようとしていた。
◇
「あと3日・・・か」
5月1日。
晴れた日。俺は初めて自分の誕生日を忘れずにいた。
あと3日で俺は17歳になる。
――工藤新一と同い年だ。
着々と近づいてくるその日。
普通なら一歩大人になれる至福の時。
でも俺には、痛みを伴いながら足音を立てて近づいて来るモノでしかない。
日常も、大きく変わった。
相変わらず蘭の家に住んではいたけれど。
俺は両親とロスで暮らすつもりだった。でも二人には
『今まで通りの暮らしをしなさい。小五郎さんには話をつけるから・・・』
そう言われた。
今まで通りと言っても、事件に遭遇しなくなった。米花町の犯罪件数も減ってるって話だけど。
自分から事件に関わろうとも思わなかった。事件への好奇心が俺の人生を狂わせたからだ。
もう誰も悲しませたくない。
もう何も失いたくない。
その一心で、俺はちょっと物知りな少年に戻っていった。
探偵団の奴らとは相変わらずつるんでいたが、17歳の誕生日が近付くにつれて少し距離を置くようにしていた。
高校を一緒に受けなかったのも、距離を置きたかったから。
それにあいつらが、帝丹高校を受けるなんて言うから・・・
あそこは俺の――否、新一と蘭の思い出が詰まった場所だから。
あそこに通っている間にコナンが新一の年齢に追いつくのが嫌だから――
俺は、杯戸高校を受験した。
あいつらと距離を置いたのは、17の誕生日が近付くにつれての焦りと苛立ちで、あいつらを傷つけてしまわないように・・・
◇
蘭は、米花大学を卒業。
俺が帝丹中学に入学すると同時に国語教師としてそこに勤務した。
中三の時には俺や探偵団の暮らすの担任にもなった。
教室に響く透き通るような声――
夢を実現させ、一段上から優しく微笑む彼女を見て感じるのは、どうしようもないくらいの虚無感。
俺は
新一じゃない。
――俺は「江戸川コナン」なんだ。
あの日から――何度も何度も、自分に言い聞かせていた。
蘭が、あの留守電を聞いた時の言葉はたった一言だった。
『――馬鹿・・・』
ドアの隙間から見た彼女の顔はあまりに切なかったのに、涙は、涙だけは流さなかった。
彼女が今現在笑顔でいてくれるのは何より嬉しい。
あの日から新一の名前を呼ぶ事はなくなったけれど、それよりも蘭が幸せなら――
俺はそれだけで満足だった。
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新一が強いのは蘭がいるから。新一はそこまで完璧な人間じゃない気がします。 弱い部分もきっとありますよ。
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